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2011年、大晦日

2011年も今日で区切りです。カレンダーを取り替えたり、みんなで集まって年越しを祝ったりと、いつもとは違った時間の区切り方をする日ですよね。今年はどんな一年だったんだろうと手帳を振り返えりながら、来年の手帳に必要事項を転記しています。

個人的な事といえば・・・。2011年はキャリアカウンセリング(GCDF)と社会的企業育成といった異なったジャンルの研修を受けて、知見を広げました。また出会いも拡がりました。その縁でfacebookも活かすことができ輪が広がりました。それから、数年前から複数のチャンネルから2011年2月が運気の転換点と指摘を受けていました。とにかくこの転換点まで「凌げ」といわれていました。転換点を超えてみて実感としては期待が大きかったかなぁとこの年末に反省もしています。

仕事に関しては、友人たちと組んでスピマへの出展が順調に展開できたことと、パワースポットを巡る旅を複数回企画できたこと、ヒューマンデザインを語る会(スピリチュアル茶話会)の参加者が増えたことです。特に語る会で知り合った方達と交流を深めることができたことは嬉しかったです。来年に向けて、課題は一杯! ひとつひとつ片付けていきましょう。

最後に、2011年3月11日の大震災は、その2日後が誕生日ということもあって、希な体験でした。亡くなられた方達の冥福を祈ります。

今年一年ありがとうございました。来年も皆様にとって素敵な一年でありますように。

生産的または享受的

一日を終えるとき、ときどき思うことがあります。

「今日はどんな成果を上げることができたのか、どんな成果物を創り出せたのか?」と思ってしまい、「あぁ何にも作れていない、生み出していない」とひとり愕然としていることがあります。今日一日をボーと過ごして無為に貴重な時間を浪費してしまった・・・こんな感じです。焦燥感といったらいいのでしょうか、この気持ち。

もう一方では、成果物のことなどまったく気にしていない自分がいます。「今日も無事に過ごすことができた。一日楽しく過ごせられた。昨日と変わらない日常だけど幸せだなぁ・・・」的なマッタリ感をしみじみと感じていることがあります。

生産的でなくてもその日常を肯定しているというか、その生活を享受しているのです。そもそも成果物など意識の枠外です。なにも生み出さなくてもOKな心持ちです。生み出すことより、ちょっとした変化に関心を向けていると表現もできます。「おっ、こんなところに花が咲いている。この人混みは何だろう?」的な生活の彩りを楽しむ感じです。

これはライフスタイルをどうするか?という基本方針のことだと思えてきます。

「何か生産的なことをしなければ!」と思い立ち、語学を学び始めたり為になりそうな本を読み出す・・・こんな私がいます。そんな自分に疲れてきて、「やりたいことをしたらいいのだ!為になるかなんて関係なく読みたい本があれば読めばいい。やりたいことがあればやればいい」的な自分が出てきます。そして、何か生み出さないと時間は戻ってこないんだからと慌てて何かを始める。こんな展開もよくしています。
「日常をどのように過ごしたいのだろう?」と、この問いに私が自分自身に答え切れていないから、こんなことを思うのでしょう。

生産的な日常と非生産的な日常という相違ですが、同軸上にあるようでも、これらは「ねじれの関係」にあると思えるのです。それぞれが希求している先には、全く異なる生活の質が待っていると予感するのです。上手に表現できないのですが・・・。

思秋期に至りライフスタイルを変えることにしたのに、いまだ定まっていません。どこに不安があるのか?徹しきれない自分にもどかしさを感じます。自分の人生なのに決めきれない自分がいます。

生き方って、なかなか定まらないものですね。

中秋の名月

中秋の名月でしたね。月が大きくなっています。明るいです。月はミステリアスで、どこか優しく感じます。

半年前に、そして10年前にたくさんの方がなくなりました。
月を見ながら、冥福をお祈りします。

中秋の名月、人恋しい

月がだんだんと丸くなってきました。12日は「中秋の名月」だそうです。

丸い月を部屋から独りで眺めていると、人恋しくなってきます。
さて、どうしよう?

人がたくさんいるところに出かけましょうか?
たとえば、ファミレス、居酒屋、バー、ショッピングモール・・・どこに出かけても満たされそうにありません。
余計に、ポッカリ空いた部分があることに気がついてしまいます。
つながりが欲しくて、人恋しくなっているようです。

知人に電話をかけて声を聞く。
・・・電話は苦手だから掛けづらい、いやいや、それ以前に電話口で何と言う?
「やぁ、人恋しくて、君に電話しちゃった・・・」。
相手の反応は爆笑か、それとも後日の対応に苦慮することになるやもしれない。
普段からやっていない行動は、誤解の元。

それならメールは・・・少しは満たせそうだけど、画面に向かってメッセージを必死に打ち込む姿は、この場合どこか違和感を感じてしまう。それにやりとりがワン・テンポ遅れる。

そうだ! 人が映った写真と対話するのはどうだろう?
「○○○君、元気にしてた? 私は元気よ。あっ、そうでもないか。ほんとうは、声が聞きたかったんだ・・・」。
これも、どこか違うような・・・。

人恋しさを満たす方法は、その人なりに色々あると思います。
五感から見てみると、肌の触れあい、匂い、声・・・。触覚、嗅覚、聴覚は強烈に心を満たしてくれるようです。
そして、ふだんの生活でこれらが登場する機会は少なくなっているようです。

中秋の名月、月光浴をしながら、触れあい、声を交わしあい、そして人の波動が持つ温もりを、堪能しましょう。

生きた空間から智恵は生まれる

続けていて良かったな!と感じる瞬間って、至福の時だと思います。

「ヒューマンデザインを語る会」を二人から始めて数年になります。ヒューマンデザインのエッセンスを具体的にシェアしたいという動機で始めました。

そのテーマも面白かったのですが、どういうわけかヒューマンデザインだけに限定できず、スピリチュアル全般に話題が広がってしまうのです。

私たちが主催すると、どうもヒューマンデザインだけに限定するにはテーマが狭すぎるようでした。10年近くスピリチュアルにどっぷりと浸かった体験が、あまりにも強烈で、深い体験だったからだと思います。

語る会には、いろいろな背景を持った方が参加されます。とうぜん、ヒューマンデザインのことを知りたくて参加される方もいます。一方、スピリチュアルな空間・話題を共有したくて参加される方もいます。いろんな参加の仕方がありますが、共通して言えることは、皆さんがこの時間を愉しまれてニコニコして帰って行かれることです。主催者冥利に尽きます。

時には、スピリチュアルを心の奥に閉ざしていた方も参加されます。その方達がこの空間にいらして、「出会えて良かった」「ホッとした」「疑問がクリアになった」など、肯定感をお話になるたびに、“あぁ、続けていて良かった”と頭の中で言葉がささやくのです。

私の実体験から思うことなのですが、昨今、知識はどこでも提供しています。どこからでも得ることができます。ところが智恵はなかなか得ることができません。智恵は、生きた空間からしか得ることができないからです。智恵は、手軽には得ることができません。そして生きた空間は少ないです。「生きた空間」を育てることが大変だからです。

語る会を運営するベースに、慌てずに、ゆっくりと、人の気持ちを編み込んでいこうと考えてきました。まだまだ道半ばです。

それでも、「面白かった、タメになった」という言葉の前に、「出会えて良かった」という言葉を参加された方から聴くたびに、方向を誤らずにやってこれたんだなと思うのです。

嬉しくなってしまいます。そうか、私は、このスペースが好きなんだとも再認識するのです。

お嬢ちゃんたちは、「いま・ここ」でした

昼食から戻ると、エレベーターホールに小学生が3人いました。階下に学習塾が入居したからですね。私の突然の出現に、お嬢ちゃんたちは急に黙り込み、どう対応したら良いのか一瞬悩んでいるようでした。

ここは大人の余裕というものを見せねばと、僕って素敵なお兄さんだよ~というオーラを出しながら近づくことにしました。今思うと、なんとなく怪しいオジサンだったかもしれません。

エレベータに最後に乗ったのですが、狭い箱の中、立ち位置にちょっと悩みました。「4Fのボタンに手が届くんだ?」と声をかければ、「届くよ!ほら」と実演をしてくれました。まったく屈託のないさまは、まさに天使です。最後には靴を見せてくれて、かかとの部分がしっかりと数センチ高くなっていることを教えてくれました。

4Fで彼女たちは降りていったのですが、元気いっぱいで、生きていることが楽しくて仕方ない!という表情でした。
子供って無意識そのものです、今を生きてますよね。

今を生きる、これはスピリチュアルでよく言われていることです。
英単語で、now here という表現がありますが、「いま・ここ」という生き方のエッセンスが詰まっています。
この空白の位置を変えて、no whereとして、「いま・ここ」以外に「生きる」はないということだよと、よく学びました。

過去の亡霊に怯え、これから来る予定の未来を不安がる・・・私たちは、どうして「いま、ここ」にいたがらないのでしょうね?

出会いって、なんだろう?

昼食後に象の鼻パーク、赤レンガ倉庫と散策しました。まだまだ暑いので汗がよく出ました。

散策中、二度、同じお嬢さんに出会いました。旅行でみなとみらいに来た様子です。

一度目は馬車道駅の交差点で信号待ちをしているとき、二度目は赤レンガ倉庫の角を曲がったとき。三度目があるかと少々期待もしたのですが、残念ながら実現しませんでした。

辻角での出会いって、どこかミステリアスですよね。

今までの人生で、何度か偶然の出会いを体験しました。そのたびに不思議だなと思いました。

東京駅で切符を買おうと人の後ろに立っていたら、その人は中学の同級生だった・・・。もっとも、私の場合、その出会いはそれだけの出来事で、それ以上の進展はありませんでした。

ときどき、気づいていない出会いってあるのでは?と思うのです。知人が通り過ぎるとき俯いたりよそ見をしていたり、もしかしたら、数秒のずれで入れ違ったり・・・すれ違い。

こんなのはどうでしょう。

知人だけでなく、もしかしたら将来に出会う人と出会っていることに気がついていないだけかもしれませんね。過去の出来事を話し合っているときに、「えっ、そこに私もいた!」みたいな偶然もあります。

そして、今生では出会っていることに気がつかずに来生で出会う・・・そんな出会いもありますよね。

出会いって、いつも、人生に「なにか」をもたらします。それは良いものであったり、好ましくないものであったり、さまざまです。

もたらされる「なにか」は、実は自分が求めているもの、そんな風に聴いたことがあります。

そして出会った人には不思議と似た匂いのようなものを感じることがあります。以前、どこかで会ったような・・・。

無意識が必要な人を絶えず探し求めているそうです。だから似たような人と出会うと。必要といっても、魂の成長に必要な人です。

意識をゆったりとさせて、心にゆとりを持って、たくさんの素敵な出会いに気がつきたいものです。

あのお嬢さんとも、またどこかで出会うのでしょうか?

グループ・ヒプノのシェア内容

先日、グループ・ヒプノのワークショップを行いました。参加された方の中で、記事投稿の許可をしてくださったお二人の体験をまとめてみました。

プログラムは、催眠の概要、3回の催眠誘導と進みました。催眠誘導でのテーマは、「あなたを見守っている存在」、「あなたのアニマル・スピリッツ」、そしてリクエストがあった過去世退行でした。

Aさん(男性)の体験

「あなたを見守っている存在」では、振り返りざま懐かしい飼い犬たちがじゃれてきたそうです。一緒になってしばらく遊びまわるという体験をされました。

「あなたのスピリッツ」では、場面展開など興味深いものがありました。

カラフルな色使いの森が目の前に広がっている。
そこにはたくさんの蝶が舞っている。
懐かしい猫が蝶を捕ろうとピョンピョン跳ねている。
小道を進むとその先に泉(湖?)があった。
そこには白い大型の鳥(鷺or白鳥?)一匹が佇んでいた。
鳥は優雅に羽を広げて・・・。

シェアの振り返りをしていて、鳥は鷺ではないか?鷺には縁深いからなぁ・・・という話に発展しました。また、蝶を扱うことができるのは最高峰のシャーマンだけ・・・という話も出て、話題は臨死体験や死と蝶の関連などに話が進んでいきました。

Bさん(女性)の体験

「あなたを見守っている存在」では、何か具体的な存在というわけではなく、包まれるという体験をされました。振り向く前に背中から包まれるような感じがし、振り返ってもマントのようなショールのようなものに包まれた状態で、とても温かい感覚を体験されました。

「あなたのスピリッツ」では、最初から変身していたという動作が具体的なお話でした。

最初、四つん這いになって、しなやかに前足を出す自分を感じた。
これは虎かピューマみたいな動物ではと思った。
自分の姿を見ることはできなかった。
岩肌を勢いをつけながら進んでいくと、四つん這いから体をくねらす動きに変わった。
蛇みたい! もっと格好良いのがいいと思ってしまった。
丸い窓が岩壁の上側にあり、そこから外にピューと飛び立った。
羽をバッバッと翻しているのを感じて、これは西洋のドラゴンだと思った。
その格好で、ディズニーランドの「イッツ・ア・スモールワールド」館の前で子供たちと遊んでいた。
とても楽しい時間を過ごしていたのだが、突然、「遊んでいる場合ではない!」とそこから飛び立った。
次に何処に向かっているのか・・・。

シェアの振り返りをしながら、かつて受けたチャネリングの内容を思い出されながら、催眠の最中でも色々と考えている自分、評価している自分に気づかれました。自分というものを明け渡したくない!そんな傾向があるのでは?無意識をもう一人の自分、友人として接してみてはどうだろう・・・など話が進みました。

グループ・ヒプノは2時間の予定でしたが、シェアが面白くなってしまい、時間をかなりオーバーして終了することになりました。また、ワークショップの前後に、オーラ状態とチャクラの活性度を統合エネルギー分析システムで確認しました。皆さんご自身の変化にデータとしても納得されていました。

※過去世退行は、グループワークには向かないテーマでした。内容を深めるところまで行きませんでした。これは私の反省点でした。

予言って、何のためにするのだろう

スピリチュアルな方が地震が起こる!と天変地異・災いを予言をしたりするのを聞いたりします。この手の情報に接するたびに不思議だなぁと思うのです。

スピリチュアルの先にあるのは、今を充実して生きる!ということだと私は思っているからです。

災害や事故が起きたとき助かる人と助からない人の差に何があるのだろうと思うのです。私は客観的な答えを持っていませんが、主観的な答えならもっています。

スピリチュアルなテーマとして「私の使命はなんだろう?」というのがあります。いろんな方がその答えをさまざまな形で提示しています。その問いと答えには含まれていませんが、使命と死は一対のものだと思うのです。すべきことを終えれば(使命を果たせば)自ずとお迎え(死)が来る・・・こんなふうになっていると思うのです。

長生きしたいと工夫することを否定しているのではありません。その努力が意味をなすことも多々あると思います。自分のカラダをココロを粗末に扱えば、それだけ寿命を縮めてしまいます。でもその人の寿命が幾つなのか・・・分からないのです。

以前、アメリカから来日したスピリチュアルな有名な方の「寿命を教えます」というセッションを知人たちと受けたことがあります。「何歳まで生きるって?・・・そぅなんだ、僕?僕は・・・」こんな会話をしました。それから数年経ってから知人がそのセッションを受け直したら、寿命が延びたといわれたそうです。知人の魂が寿命を延ばして欲しいと神様にお願いしたそうです。なるほど、そういうこともあるのか・・・あり得るなぁ!と思いました。

また別の知人は伝えられた年齢に至る前に、渡世の義理が決着した直後、先日あっさりと亡くなってしまいました。そのセッションは本物?という疑念を持つことも可能でしょう。しかしながらその予言が本物だとしても、予言してもらってもその予言とは関係なしに魂の都合で変わるんだぁ・・・!。友人とスピリチュアル談義をしているときに気づいたのですが、笑ってしまいました。

分からない先のことを煩う前に、すべき宿題が目の前にたくさんあるのでは?・・・というシンプルな話です。

予言そのものを避難しているのではないのです。その予言に足下をすくわれているように感じるのです。死は良くないこと、避けるべきものと価値判断しているように思うのです。予言を使って死の恐怖で人を操ろうとしているように感じてしまうからです。これって、スピリチュアルではないなと僕は素朴に感じてしまうのです。

「今を」生きる、なかなか難しいことだなとも日々思っています。それでも、先のことを想い病んで、今を疎かにしてしまったら本末転倒のように思うのです。

グループ・ヒプノのワークショップを主催したとき、体験した催眠の内容をシェアしていただいたのですが、「蝶」・「臨死体験」・「予言」という言葉を耳にし、こんなことを書いてみたくなりました。

後ろめたい気持ち

後ろめたい気持ちを持っていると、どことなくちぐはぐな言動を取ったりします。

「ぼく、隠していること、ひとつもないよ!」みたいなことを演出しようとします。さらに、隠していることを「ないこと」にするため、辻褄合わせをするため、いろいろと自己規制もしてしまいます。

皆と出かけるのが嫌で熱のある振りをしていると、その行動も病人らしく振る舞いだします。皆から大丈夫?と電話などかかってくれば、咳などしたりします。さらに、何処にも出かけず独り自宅でじっと籠もっていたりします。

ただ出かけたくなかったのに、最後には本当に病人のように籠もりだしてしまいました。自分の嘘を真実にするために、自己規制することになってしまいました。そして後ろめたい気持ちと向きあうことに。

人にはつけても自分に嘘をつくのはなかなか難しいことのようです。後ろめたさという気持ちは、無意識の領分からのメッセージなのでしょう。

私は、中学一年生の春まで小学生の頃から毎年一度は年中行事のように両親の財布からお金をくすねるということを繰り返していました。今振り返ってみると、なぜそんなことを繰り返していたのか、その動機がよく分かりません。毎度、叱られては泣きじゃくり、刑務所に入れられると、脅されていたことを、ぼんやりと覚えています。

私が40歳を過ぎた頃、私の子供時代のことを母親に尋ねる機会がありました。当時、母は姉兄の学資を得るため工場勤めをしていたのですが、私がいわゆる鍵っ子みたいな状況で、寂しい気持ちを悪さするという形で現していたのではないかと、木訥ながら話していました。

小学生のころは毎日のようにからかわれていて(軽いいじめだったと思います)、授業で何をやっているのか分からずまごついていたような気がします。それが、中学生になって、いじめられることから解放され、さらに試験考課などで自分の実力を客観的に知る機会を得て、自信をつけることができたと思うのですが、これがきっかけとなって、中学以降に悪さをしなくなったのではと私は思っていました。悪さは自信のなさに対する反抗だったのではと思うのです。

なぜ悪さが露見したのか不思議?と子供心に感じていました。親からすると悪さをしているときの私の挙動はおかしく見えたことでしょう。視点の違いに感心しつつ、母の話を聞くと、なるほどね、とも思えてきます。

挙動不審な自分に早く気づけていたら、また違った成長もあったのかもしれません。意識は何もなかったかのように装い、無意識は辻褄合わせをしようとするのですが嘘はつけませんよと訴える・・・意識と無意識の綱引きです。

後ろめたい気持ちの根本に気づくことができたら、意識と無意識の綱引きは終わり、意識と無意識のベクトルが重なり合って前に進む力が大きくなることでしょう。できるだけ嘘をつかずに済ますのが一番良いような気がしてきました。