3月 9th 2010 · Read More · No Comments
寒いです。ミゾレみたいな雪が降って寒いです。夜半の今、外は1℃を下回るような寒さ。
部屋の中は、エアコンから暖気がぜんぜん出てこない…2時間ぐらいになるかなぁ、今日は不調です。ぅおっ寒い。
こんなことなら早々に長い温浴とするべきでした。でっ、いま温浴しながらキーをタイプしています。
以前、お風呂で生活をする人の話を伺ったことがあるのですが、そのときは物好きなもんだと思っていました。
動機が花粉症対策とはいえ、本などを持ち込んでの長風呂を自分が実践してみて、その良さを実感しました。冬は良いですね、暖かいです。
思いのほか、本も集中して読めます。アメニティを充実したくなってきます。まずはラジオ!に防水のメモ、卓上灯スタンド、それから汗をかくし、(笑)ビールかなぁ…
3月 9th 2010 · Read More · No Comments
ちょっと前に太宰治の小説『ヴィヨン妻』が映画になりました。まだ観ていないのですが、いつもながらタイミングを逃してしまいます。
先日、『人間失格』がアニメになっているのを発見。思わず見入ってしまいました。昭和初期の時代背景が描かれていて、どことなく暗澹たる雰囲気が醸し出されていました。
小説『ヴィヨン妻』は青空文庫からダウンロードして読んでみました。『人間失格』は読んでいませんでしたので、アニメは新鮮でした。こころがよく現れていました。文学作品って、すごいパワーを持っているのですね。気持が吸い込まれていきます。
典型的な生き方を踏み外すことについて、その重荷を感じてしまいました。荷物を軽くするにはどうしたらいいのだろう・・・。模範解答は、ないんだろうなぁ。オリジナルな解答を編み出すことが、軽くすることになるとはわかるのだが、生みの苦しみはヘビーです。
3月 6th 2010 · Read More · No Comments
仕事から帰り、服を脱いで着替える。今日は、パンダの着ぐるみにしよう。昨日はライオンの着ぐるみだった。
こうやって着ぐるみの中に入っていると、なにか護られているような気がする。それに、そのパワーを得たような気がする。昨日はライオンのように不動の勇気と貫禄が備わったような気がする。今日は一見すると愛くるしい様相だが実は熊の本能が宿っている。そんな気分だ。着ぐるみを着替えればどんな存在にもなれる。
ライオンやウサギ、パンダの着ぐるみでクールに踊るダンサーのビデオクリップを見ていたら、夢の世界にトリップしてしまいました。私たちは、「自分らしい」という着ぐるみを着ているのに、いつの間にかその着ぐるみのことを勘違いしているのかもしれません。もっと、自由だったのに・・・。
宇宙人が人間の着ぐるみを着ている映画がありました。『Men In Black』という映画です。器用に操縦している姿を思い返してみると、私の存在とはその姿形にあるのか、それともその中身の心にあるのか・・・どちらにアイデンティティーの礎を置いたらいいのだろうかと悩んでしまします。心だとしたら、宇宙人と人間の違いはないですよね。
つまるところ着ぐるみなんです。これが悩みの種なんです。
一度は、着ぐるみを着て、おどけた仕草をしてみたいと夢に思っている私でした。
ウサギの着ぐるみを着ながら、「ぼくは月の世界から来たうっぴょん♪だぞぉ!みんなに大切な事を伝えにきたんだよ。それはね、月から見ていると地球の人が大切なものを見ないように観ないようにしているのが切ないんだ。ちょっとでもいいから自分の心にをもっとかまってあげて・・・・」なんてね。
今回の記事は、跳んでしまいました。あまりにも心の内面の記事でした。
3月 5th 2010 · Read More · No Comments
電話にでたら、15年ぶりのAさん(先輩)からのお電話でした。最初、えっ!と驚いてしまいました。Aさんは、私のいまの日常からはほど遠いところの存在で、既に連絡先もわからずでした。
Aさんとは近況を伝えあって、電話を切ったのですが、私のブログの読者だとのことで、緊張してしまいました。どうやって私の存在(HP)に気づいたのでしょう?
Aさんとの思い出で、「瞑想をしているのだが、神様を感じる・・・」みたいなことを発言されたことをはっきりと記憶しています。その時、私は「Something Great みたいな存在はあると思うけど・・・神様ねぇ」なんてことをほざいていました。
Aさんに出会うずっと前に、とある宗教の宣教師さんたちと会話する機会がありました。その時に宣教師さんたちは神様は人の形をして現れたとお話しされていたのですが、私は「そんなのあり得ない!」と反論していたことがあります。
あれから年月が経ち、いまでは「神さまはいるねぇ」なんてことを言うようになるのだから不思議なものです。その宣教師さんたちとまた同じ会話をする機会があるとしたら、今度は「いるいる、私もそう思う。それサナンダさんでしょう」と発言していると思います。
転換点は、今から10年ほど前に参加した米国シャスタ山への少人数ツアーでした。知人の紹介でお会いしたグルさんが企画していたツアーで、当時は仕事がきつくてきつくて長期の休暇を取りたかった時期でしたので、内容もわからずに申し込んでしまいました。このとき「そのチャネリング三昧とか、面白そうですね」などと、チャネリングがなんなのかもわからずに発言していました、
精神世界なんてよく分かっていないままの参加で、ツアーに参加している人達は不思議な人達ばかりでした。自動書記ができてしまうとか、声が聞こえてきてしまってとか、味を変えることができるとか、エネルギーを飛ばせるとか・・・その時わたしの目は点になっていました。
ツアーの最中にグルさんと彼に対して怒りモードになった参加者数名とが話し合うという出来事が起きました。これに同席する機会があったのですが、行き違いが解けると不思議なことに、グルさんの時計がネズミ花火のように青光りして回転したのです。グルさん自身もビックリしていました。このあたりから、あれ?ちょっと何か私の理解の範疇を超えだしたと感じだし、へっぴり腰のような気分になってきました。
淡々と表現してしまえば、青光りしたことも、「不思議な現象でしかない」のですが、その後、言葉の上での“神様”から、Realityをともなった存在へと、左脳から右脳での捉え方へと変わりました。まさに、Spiritual reality です。
グルさんのもとを卒業して数年が経つのですが、グルさんのもとでの8年ほどの経験は、精神世界というものとの関わり方を本質から体験することができました。これは、財産です。
3月 4th 2010 · Read More · No Comments
親しいセラピストとの集いがありました。心理系大学院の卒業&東京マラソン完走祝いと近況報告を兼ねての酒会でした。半年ぶりになります。それぞれ、春に向けて色々と蠢動していて面白かったです。
盛り上がった話題のひとつに、「“過去”の卒業」というのがありました。過去の記録を処分するということについて、浄化なんていう表現があったりして、今との関わりで“過去”を「終える」ことの意味を話し合いました。自分史を書くことに浄化という側面があることは新鮮でした。
過去の記録ということで、無料のブログは作者が故人となっても、そのまま掲載続けられるのだろうなぁと意見がでて、実名での記事掲載も善し悪しだねぇとなりました。
近親者がそのブログの存在に気づいていないこともあるんだろうね、と電子媒体(メールや携帯電話)でのつながりという観点からの意見もあり、話の流れる先は、親戚にはマメに連絡を取ることにしたよとか、逆に関係を絶って独居老人の道を邁進するとうそぶいたりと、話題はあちらこちらとアルコールのなせる発言となりました。
帰りの電車で車内吊りの広告を眺めていたら、『35歳からの「友だち」のつくり方』というキャッチ・コピーが飛び込んできました。どんな友だちを望むのでしょう? 私は、少人数でも深く話し合える友だちを望みます。きょうは、そんな友だちとの飲み会だったなと思いました。
3月 3rd 2010 · Read More · No Comments
今日は3月3日、ひな祭り。先日知ったのですが、ブラジャーの日とも呼ばれているそうです。
小学生の女の子にとって、下着を新しく切り替えるのに、いつから?という悩みを受けて、小学校の先生が提唱して始めたとか・・・。どこまでポピュラーな話なのかわからないのですが、素敵な記念日と思いました。
翻って、男の子にとっては端午の節句、5月5日ですが、何か区切りみたいなものがあるのかなぁ? かつては私も男の子でしたが、まったく自覚がありません、記憶がありません。
たとえば、この節句から日本男児の心意気を体現しようと褌(ふんどし)を初装着するというのも、なんだから現実味がありません。男の子にとっての区切りの記念日とは、どんなものになるのでしょうね。元服という儀式で大人扱いを始めるといったところでしょうか。それにしても、区切りを実感しにくいものです。
いい歳の男性に対して「あら、かわいいわね・・・」なんて発言を女性から聞くと、男性はいつまでも経っても男の子なのかと思ってしまいます。男の子は、女の子を、越えることはないのかな・・・。
3月 3rd 2010 · Read More · No Comments

先日、HDS ( Human Design System ) の語る会を主催しました。この会は、自分のことをもっと理解してみようという目的で始まりました。
自分では当たり前と思っていることも、HDSのチャートを通して、互いに言葉にしていくことによって、実はとてもユニークなことだったなんて発見もあったりもします。
今回は、米国にいる方とネット回線を通じての参加という企画もあったのですが、待てど暮らせど接続できないまま、終わりの時間になってしまいました。語る会そのものは、大いに盛り上がりました。ネット回線が繋がったらもっと楽しかったかなぁと、次回への期待に盛り上がります。
翌日、連絡があって、回線が繋がらなくて、大変だったとのことで、ネット回線はまだまだ不安定なんだなぁと、心にしました。これまた、当たり前は、当たり前ではないというオチになってしまいましたね。
3月 1st 2010 · Read More · No Comments
条件反射に「はい」と言える境地は、もしかしたら、「△□○でなければ・・・、それは経験がないから・・・」みたいな制限や条件を自分の中につけない心持ちなのかなと、思えてきました。
最近、イベントの日程が満月・新月の頃に重なっています。3月1日1:30頃が満月。そして3月1日から仕事において新しい展開が始まります。背中押しと思って前進!
2月 26th 2010 · Read More · No Comments
自分が思っていることを表現しようとすると、言葉は行きつ戻りつ、言いよどみ、また自分の発言を否定しては言い改めてと、なかなか竹を割ったように、ポンポンと言うことができません。
これは、ほんとうに、その時に感じていることを言葉にしようとしているからです。こんな話し方をしているときは、静かに耳を傾けて下さい。感情はからだと結びついた感覚としても現れてきます。言いよどんでしまうのは、この感覚を味わっているからです。
では、大変だった昔話をよどみなく話すことができるというのはなんでしょう? それは、もう自分の感情が洗い流されて今の自分からは遠い体験となっている、風化した過去・・・とも言えます。無機質的ともいえます。
言いよどんで出てきた言葉には、何かとても大切な物がこもっている、そんなふうに思えてきます。
2月 25th 2010 · Read More · No Comments
定期的にタロット教室を開いているのですが、先生のAさんと話をしているときに、「えっ、僕ってそうなの?」ということを教えていだきました。
ことの発端は、先日のブログネタに関することでした。どうして虐待の話から不妊治療になるの?という質問でした。ぼく的には、普通に会話していただけなのですが、Aさんや同席していたBさんにすると不思議でたまらないようです。
Bさんからは「ヒーリングショップでセラピーをしている頃から、よくお客さんが立ち寄って、色々と話していくのよねぇ。お客さんの事情に詳しいのよね。」などと僕のことを話していました。
えっ、そうなの? ただ、普通に会話しているだけなのです。ぼく的には、全く自覚がないのですが・・・。
わかった!とAさんから発声があり、僕はスポンジのように話を吸い込んでいるとのことです。特にアドバイスが欲しいというわけではないのだが、かといって、壁に向かって話すのもシックリこないし、誰かに聴いてもらいたい・・・そんな意味でのスポンジだそうです。
へぇ~、僕って「スポンジ人間」だったんだ!自分の持ち味について指摘を受けた瞬間でした。そんなこと思ってもいませんでした。「自分のことはわかりにくい」という教科書的な出来事でもありました。自分のことを理解するのに、この人生は短すぎるのかもしれませんね。