催眠を英語でヒプノシス(Hypnosis、語源はギリシャ語の「睡眠」)といいますが、 一見、睡眠と見分けがたいのですが、催眠と睡眠とは似て非なるものです。
脳波のパターンは眠っている最中と催眠状態では明らかに異なっています。 催眠状態での呼吸と心臓の機能は、覚醒時(目が覚めている状態)と同じです。 膝蓋反射(膝を軽くたたくと足が蹴りあがる反射)は覚醒時と似た結果になりますが、 睡眠時にはほとんど反応しません。
催眠状態とは、変性意識状態の一種です。 通常の意識状態よりも顕在意識の働きがゆるやかになっており、 潜在意識にアクセスしやすく、二つの意識が繋がったような状態になっています。 この状態では、外からの刺激(暗示など)が潜在意識にインプットされやすくなります。
私たちは、程度の差こそあれ、一日に平均12回前後、この変性意識状態を経験しています。 例えば、考え事をしながら車を運転していて、いつの間にか自宅の近くまで帰っていたとき。 あるいは、授業を受けている最中に、ボーっとしながら、たわいもない想いに耽ったり、 白昼夢を見ているとき。 映画・ドラマや小説の主人公に感情移入して、ストーリーに没入しているとき。 マラソン選手のランナーズ・ハイや、断食、祈り、瞑想、チャネリングなども一種の変性意識状態です。 どの場合も、眠っているのではなく、むしろ感覚は通常よりも鋭敏で、集中力も高まっていて、 何かのきっかけでハッと我に返ったりします。
催眠状態というと、眠っているときのように「意識が失われて、わからなくなってしまうのではないか」と 誤解されがちですが、そんなことはありません。 「自分が今何をやっているか」は、完全にわかっていますし、周囲の音もちゃんと聞こえます。 そのため、初めて催眠を体験する人の中には、「催眠にかかっているとは思えない」という方も結構います。
催眠状態というのは特別な状態ではなく、私たちは、一日に平均して12〜13回もこの催眠状態を体験しています。 たとえば、寝起きで少しぼんやりとしているときや、心地よい場所でリラックスしているときなどがそうです。 そんなときには、色々なことを思い出したり、アイデアなどが閃いたりしますね。 ヒプノセラピーは、意図的にその状態を作り出し、活用する手法なのです。
テレビの催眠ショーなどで、催眠術師から「あなたは猿です」などと言われて、 体験者が猿のように行動するのを見たりすると、あたかも、催眠中は自分のコントロールが効かなくなり、 体験者は命令されたとおりの行動をしてしまうかのように見えるかもしれません。
ですが、もし、演技ではなく、体験者が完全にそのような行動をしている場合、その人の心の中では、 「催眠術師に操られて、相手の言われるがままに動く」というのとは、 実はまったく異なることが起こっているのです。
催眠状態では、その人の無意識が優位になりますので、 普段気がつかない願望や能力などが表に出てきます。 その人が無意識において、 「注目を浴びたい」とか「エンターテイメントや人を笑わせるのは結構好き」という気持ちがあったりすると、 自分の信念や倫理観に反しない限り、 「まぁやってもいいかな」「受け入れてもいいかな」と、催眠術師の暗示に反応します。
もし、自分の倫理観や価値観と本当に反している場合には、必ず拒否します。 なぜなら、無意識が、あなたが持っている価値観や信念にそって、あなたを守ろうとするからです。
ヒプノセラピーを受ける場合、あなたは、セラピストによって催眠状態に誘導されますが、 「催眠状態であっても、他人にコントロールされない」と上述したとおり、 催眠誘導や催眠暗示は、あなたの潜在意識が 「催眠状態になることを受け入れる」ことによって初めて効果を発揮します。 それが、「すべての催眠は自己催眠」と言われる理由です。 主導権は常に、あなたにあります。
逆に言えば、自分のために催眠を有効に活用しようと決心するなら、 自分に対して有益な催眠暗示を効果的に無意識にインプットすることができるのです。 悪癖などの行動修正、ビジネスやスポーツの分野でのメンタルトレーニング、 無意識(潜在意識)における能力開発など多方面で活用することができます。
私たちの意識は、顕在意識と潜在意識(無意識のこと)に大きく分けることができます。 顕在意識は、主に理性や論理的な思考、意思などを司ります。 潜在意識は、主に感情や感覚、記憶などを司り、あらゆる情報を蓄積する倉庫ともいわれます。
意識全体を、しばしば、大きな氷山に例えます。 氷山は、全体の10%ほどが海面上にあって、残りの90%は沈んでいて目に見えません。 似たように、海面上に浮かんでいて見える部分を顕在意識と呼び、意識全体の10%ほどです。 一方の海面下でその姿が見えない部分を潜在意識と呼び、全体の90%ほどで、 氷山の例のごとく、私たちは普段この潜在意識に気づいていません。
この二つの意識の境目にはフィルターのようなものがあり、 例えば、外から入ってくる情報を潜在意識に書き込んでよいかどうかをここで判断しています。 同様に、潜在意識の奥深くに蓄積されたデータを取り出してよいかどうかはこのフィルターが判断しています。 このフィルターがまだ機能していない乳幼児期には、外からのあらゆる情報が直接、潜在意識にインプットされやすいので、 大人の何気ない言動で傷ついた感情が潜在意識の奥深くに傷(トラウマ)となって長く残ることがあります。 こうした心の傷は、何年も経過してすっかり記憶がなくなったつもりでも、 何らかのはずみでこの傷が刺激されると、本人さえ戸惑うような反応を起こしたりします。
潜在意識は、意識全体の9割を占めると言われ、顕在意識とは比べものにならないほど強いパワーを持っています。 例えば、健康のためと、いくら理性(顕在意識)で禁煙を誓っても、 潜在意識が望んでいないのであれば、いつの間にか煙草をまた吸い出します。
逆に、潜在意識を味方につけることができれば、成功の確率は格段に高まります。 自分のためになるよい暗示やイメージを、有効な方法で潜在意識に送り込むことで、 習慣など長い年月をかけて築き上げられた“プログラム”を書き換えことが、 とても容易にできるようになります。
潜在意識は、私たちが眠っている間も休みなく働いています。 眠っている間に見る夢も、ひらめきやインスピレーションも、潜在意識の働きによるものと言われています。
発明のような大きなことに限らず、私たちが普段、見過ごしたり忘れたりしている身近な大切なものを、 優れた智恵の宝庫である潜在意識にアクセスすることで得ることができます。
ある一面では真実ですが、ヒプノセラピーの正しい姿を表現しているとはいえません。 ヒプノセラピーがこのように宣伝された理由のひとつが、 ブライアン・ワイス博士が書いた真実に基づく著書『前世療法』により 日本におけるヒプノセラピーの存在が広まったためと考えられます。
もう一つは、「インパクトのあるもの」「映像としてセンセーショナルなもの」といった マスメディアのセンセーショナリズムがあると考えられます。
確かに、ヒプノセラピーは退行催眠誘導によって 年齢を遡り忘れてしまっていた幼児期や前世の記憶を思い出すことで 問題解決につなげていくセラピーという一面があります。
その中での前世退行の位置づけは、実は、 退行催眠で遡る年齢を幼児期の記憶から 前世にまで遡ったと言うことでしかありません。
自分自身の問題を解決し、トラウマを癒すセラピーを行う場合、 その多くは「幼児期退行」でその原因を見つけることが可能になります。 過去の具体的な出来事を通じてプログラミングされてしまった思いを 真っ正面から見つめることが癒しへの第一歩となります。
一方、前世療法は「幼児期退行」よりもスピリチュアルな要素が高いセラピーといえます。 とてもリアルに過去生を体験されたりもし、 現在の人間関係が、前世でも大切な関係になっていたりと、 そこからの気づきもたくさんあります。 セラピストの立場から気がかりなことは、 前世というと今ひとつ実感が湧きにくいため、 来談者の中には「前世という現実」に逃避してしまう方や、 すべてを過去生の囚われの責任にしてしまう方がいらっしゃることです。
ヒプノセラピーは、自らが体験したことを潜在意識の底から思い出すセラピーです。 セラピストから一方的にセラピーを受ける、というよりは極めて能動的なセラピーなのです。 そして、来談者が自分の問題を現実として受け止めるために、 セラピストとしては「幼児期退行」を大切なこととして重視しています。
ヒプノセラピーは、潜在意識の持つふたつの力を引き出すことが可能です。 ひとつは「癒しの力」、そしてもう一つはいわゆる「様々な潜在能力」です。 そして、このふたつは異なる観点のものとしてとらえています。
「癒しの力」とは、潜在意識にあるマイナスのプログラミングや感情に気づき、 それを解放し、プラスの力に変容させて前進する力です。 そして、「様々な潜在能力」はそれ自体プラスの力を持っているものなので、 適切な方法を使えば、その力に気づき遺憾なく発揮することができます。
あなたの潜在意識が「マイナスのプログラミングや感情」をあまり溜め込んでいなければ、 あなたはヒプノセラピーで行う「行動修正(潜在意識への暗示)」という手法を使って 「様々な潜在能力」をスムーズに引き出すことが可能です。 また、様々な「能力開発プログラム」も有効でしょう。
一方で、あなたの潜在意識にたくさんの「マイナスのプログラミングや感情」が 蓄積されている場合、あなたはまず、それを解放する、 つまり「癒しの力」を使って、自分の心に変容を起こさなければなりません。
そうしないと、その「マイナスのプログラミングや感情」が、 あなたが前進することを妨げようと足を引っ張ります。 その影響力は非常に大きく、自覚のないまま同じ失敗やパターンを 繰り返すと言うことが起こります。
ヒプノセラピーにおける「退行催眠」では、 潜在意識にある「マイナスのプログラミングや感情」を解放し、 顕在意識と潜在意識の調和やバランスを短期間にとることが可能になります。 これを私たちは「癒し」と呼びます。
ポジティブ・シンキングは、顕在意識のマイナス感情に対してアプローチします。 禁煙、ダイエットなど「頭では分かっていても・・・」は 顕在意識と潜在意識との綱引きが原因になっています。 能力開発プログラムは、実は顕在意識への働きかけが中心となり、 潜在意識にマイナスのプログラミングがなされている場合、 顕在意識と潜在意識との間に葛藤が起きるケースがあります。
ヒプノセラピーによる癒しは、潜在意識への働きかけが中心となり、 マイナスのプログラミングの書き換えを行うため、顕在意識が徐々に変化し、 目標に対しての思いが確固たるものになります。
人類は太古より何らかの形で催眠を利用してきました。 だいたいは神々の力として、シャーマンや神官・巫女などが行っていました。 古代エジプトのパピルス文書には、現在行われている催眠療法に近い“睡眠治療“が記述されてもいます。 中世では、イングランドの証聖王エドワードが、 彼自身の手による“ロイヤル・タッチ”で一種の信仰療法を行っていました。 太古の昔からさまざまな民族が医療の場で活用してきた催眠は、 人類最古の自然療法と言っても過言ではないでしょう。
催眠に近代科学が導入されたのは、18世紀後半で、ウィーンの医師メスメル(Franz Anton Mesmer)が “動物磁気説”を唱え、“メスメリズム”として広がりました。 このメスメリズムに対して真贋の論争が起こりました。
科学的にメスメリズムを研究したのは、イギリス人医師のジェームズ・ブレード(James Braid)で、 オカルトの一種として見られていたメスメリズムを、「催眠」として信憑性を与えるきっかけを作りました。 彼はギリシャ神話の眠りの女神ヒプノスから「ヒプノシス(催眠)」という言葉を作りました。 ところが、睡眠と催眠が異なるものだということで、 実は間違った命名だったと彼が気づいたのは、 この呼称が人気を得て広く用いられるようになった後のことです。
彼の友人のジェームズ・エスデール(Dr. James Esdaile)は、インドのカルカッタで 催眠がもたらす麻酔効果を外科手術に応用し、 手術後の死亡率が5%以下に低下するという驚異の数字を達成したのですが、 母国イギリスでは「苦痛に耐えることが人間に与えられた神聖な試練である」という当時の考え方により、 同僚たちから彼は医療界を追放され、また「催眠」は怪しいものへとなっていきました。
精神分析を創始したフロイト(Sigmund Freud)も19世紀末に専門技術を磨くため催眠を学びましたが、 催眠療法を放棄するという決断をし、その後彼の後継者たちも治療方法に催眠を用いることはしませんでした。
第一次世界大戦後、シェルショック症候群(戦争神経症)の治療に催眠が効果あるとされたため、 短期間ながら再び催眠に関心が集まりました。 さらに、第二次世界大戦中では、薬品が手に入らない現場で歯科手術を行うさい催眠麻酔が活用されました。 発展と衰退を繰り返した催眠療法が、再び医学分野で応用される機運が高まったのは、 第二次世界大戦において多発した神経症の治癒やペインコントロールの手段として 催眠が優れた効果をあげたことによります。
精神分析医であったミルトン・エリクソン(Milton H. Erickson)たちの働きかけにより、 1959年に米国医学界に催眠療法が受け入れられることになり、 続いて米国心理学会、英国医師会などからも承認され、 欧米で広く認知され発展を遂げるようになっていきました。 催眠療法は心理療法の中で最も活用される療法の一つへとさらに発展していきました。 現在では幅広い領域で催眠のメカニズムを活用した手法が実用化されています。